お仲間コメント

2019/04/22更新

今回お話いただいたのは

山田 英男

山田グループ会長
独立宗教法人威徳山金剛寺代表役員

「私が金剛寺を愛し詣でるわけ」


  • 金剛寺は、私が造り、そして生み育てたお寺。だから我が子のように可愛い。親の心情としては当然であるし、世間の人も当たり前と思うでしょう。
    ただ、長年、金剛寺に詣でるうちに、次第にそんな親心とは別の想いが芽生えてきました。以前は寺の本尊に、「こうして欲しい、こうなって欲しい」と願い事ばかりしていたように思います。
    いわゆる現世利益ばかりを追い求めていました。
    しかし、そうではないことに気付いたのです。
  • 私はよく人から、「山田さんは運がいい」と言われたりします。
    しかし、平穏な生き方であったわけでは決してありません。
    むしろ苦益の人生でありました。

  • 会社が大きな困難に見舞われた時でした。
    何かに導かれたかのように、大晦日の夜、奈良に足を向けました。
    元旦の除夜の鐘が鳴る午前0時ちょうど、桟唐戸が厳かに開き、毘盧遮那仏の巨大なお顔が目の前に現れました。
    私は言い知れない感動を覚えました。
    己の小ささを感じると同時に、圧倒的なその存在感に、どんな苦難にも打ち勝つ強い精神力を得られたように感じました。
    その精神力によって、難局を乗り切ることが出来ました。
  • さらに強い精神力を養いたい、そんな衝動に突き動かされるまま、翌年の大晦日にも奈良に足を向けました。
    その時でした。
    大勢の参拝客とともにお顔を見上げていると、そのお顔が私に語りかけてきたのです。
  • 「よく来たな・・しかし、お前だけが幸せになりたいわけではないんだぞ・・お前の横にいるその人・・その人も幸せになりたいと必死に願っている・・だが、もしかしたらその人は、お前が事業に意欲を燃やすあまり、知らず 知らず不幸にしてしまった人かも知れない・・それをよく考えなさい・・仏の道とは、人を幸せにすることである・・ならば、より多くの人を幸せにするよう、行動しなさい・・それがお前の仏の道である・・」
  • 衝撃的な体験でした。
    私は若かりし頃、出家得度し、仏門に帰依しました。だから仏の道を解っていたつもりでした。
    しかし、この時こそ、真の仏道の意味を悟ったのです。
  • 以来6年の間、巨大な仏との対話を続けました。
  • 今、我が寺・金剛寺の本尊を目の前にしながら、より強く思うこと。
    それは、自分が順調な時にこそ敗者の痛みに想いを馳せ、自戒の心を忘れず、多くの人の幸福を願い、行動することです。
  • 金剛寺は、私にとってパワーの源であると同時に、己の仏性を磨く掛け替えのない心の道場であります。
    いわく、金剛寺は、私の人生そのものなのです。

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